大判例

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名古屋高等裁判所 昭和31年(う)468号・昭31年(う)467号 判決

第一、被告人高木嘉七は昭和二十八年九月十九日肩書自宅前附近において、高木昭光(当時満十五年)に対し、同人が自動三輪車の運転免許を有していないことを知つておりながら、旧養老郡多芸村大垣の屠殺場から牛肉半頭分と同村水野初次方から豚肉約三貫三百匁を受け取つて、不破郡垂井町泉町の被告人高木嘉定方まで運んでくれと依頼し、よつて昭光をして同日右大垣から右被告人嘉定方まで岐第六―二六六九三号自動三輪車を運転走行させて、無謀操縦の教唆をなし、

第二、被告人高木嘉定は同月二十日肩書自宅において、前記昭光に対し同人が自動三輪車の運転免許を有しないことを知つておりながら、大垣市荒尾町柳瀬幹夫方で豚を貰うことになつているから、それを前記屠殺場まで運んでくれと依頼し、よつて昭光をして垂井町から大垣市荒尾町まで前記自動三輪車を運転走行させて、無謀操縦の教唆をした

ものであるとの公訴事実に対し、被告人らは昭和二十八年九月頃高木昭光が自動三輪車の運転免許を有していないことを知つていたこと、右昭光は公訴事実第一及び第二に記載されたとおりその頃牛豚肉を運搬するため自動三輪車を無免許運転したが、右はその頃昭光が被告人らからその旨の依頼を受けたためであること、被告人らはいずれもその際昭光が自動三輪車を無免許運転して肉類を運搬してくれるであろうことを予測して右依頼をなし、昭光も又右三輪車を無免許運転して運搬することを予定してその依頼を受諾したものであることを証拠により認定した上、高木昭光は小学六年生頃から自家用自動三輪車を無免許運転しており、本件以前にも時々被告人らの依頼を受け、これによつて肉類を運搬していたものであるから、本件の場合同人が自動三輪車を無免許運転するにいたつたのは被告人らから肉類の運搬の依頼を受けたからではあるが、その依頼は右無免許運転をするにいたつた縁由に過ぎず、被告人らに肉類の運搬を依頼することによつて昭光をして自動三輪車を無免許運転させる犯意即ちその教唆意思があり、昭光に被告人らから依頼されたが故に無免許運転を決意して、その運転をしたとの点についてはこれを認定するに足りる証拠がない旨判示し、被告人らに対し無罪の言渡をしているのである。

しかしながら今原判決の認定したところによると、被告人らはいずれも高木昭光に肉類の運搬を依頼すれば、必ずやその自家用自動三輪車を無免許運転してそれを運搬してくれるであろうことを予測していたものであり、一方昭光も被告人らから肉類を運搬してくれとの依頼があつたればこそ右三輪車を無免許運転したもので、且つこれを使用することを予定して右依頼を受けたものであるというのであるから、本件の場合右自動三輪車の無免許運転と肉類の運搬とは密接不可分の関係にあり、前者を離れては後者はなく、又後者があれば必然的に前者が随伴したもので、且つこのことは昭光は勿論被告人らも充分承知していたものであること明白であり、従つて結局被告人らは昭光をして自動三輪車を無免許運転して肉類を運搬させようと決意して、同人にその旨働きかけ、昭光又被告人らの右働きかけによつて右三輪車を無免許運転して肉類を運搬しようと決意し、その実行に出たものであると認定せざるを得ない。而してかかる事実関係こそとりもなおさず自動三輪車の無免許運転を教唆したものというべく、その単なる縁由に止まるものではないといわなければならないのである。して見ると、原判決がその前段においてかような事実関係を認定しながら、その後段において教唆の事実を認め難い旨判示して被告人等に対し無罪を言い渡したのは、畢竟事実を誤認したか、又は法令の解釈適用を誤つたもので、その違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、結局控訴は理由があり、原判決は破棄を免れない。

(裁判長判事 吉村国作 判事 柳沢節夫 判事 中浜辰男)

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